がん遺伝子治療 その2 がん抑制遺伝子

本来、人間の身体には細胞が「がん化」しないようにしたり、がん化した細胞を死滅させる「がん抑制遺伝子」が備わっています。

がん抑制遺伝子としては、ゲノムの守護神とも呼ばれるp53をはじめとして、PTEN等多くのものが確認されています。

米国の有名な女優さんがBRCA1、BRCA2の異常があるので、健康な乳房を切除したと言うニュースの記憶がある方もいらっしゃると思いますが、BRCA1、BRCA2も特定のがんのがん抑制遺伝子の一つです。

一方で肺がんや大腸がんなどの多くのがん細胞ではp53などの普遍的な「がん抑制遺伝子」が変異しているか欠損した状態となっています。そのために、がん細胞は不死となり、更に無限に増殖をして、生命を脅かすのです。

ですから、そのような状態のがん細胞に何らかの方法でp53をはじめとする正常ながん抑制遺伝子を持ち込むことが出来れば、がんの無限増殖を止め、アポトーシスへと導くことが出来ると考えられるのです。これが基本的ながんの遺伝子治療の考え方です。

しかし、どんなに良い「がん抑制遺伝子」を塔載したとしても、がん細胞に届けることが出来なければ意味がありません。つまり大切な事は、いかにしてがん細胞まで「がん抑制遺伝子」を届けるか、と言う事になるのです。言い換えれば使用しているベクター(下記「がん遺伝子治療 その1」をご参照ください)によって治療成績は大きく左右されることになるのです。もし皆さんが遺伝子治療を選択する場合には「何を使って、そしてどんながん抑制遺伝子を運ぶのか」の吟味が重要になります。

臨床試験と治験

臨床試験とは患者さんに参加いただき、実際に治療や診断を行って、新しく考案された治療法や診断法の有効性や安全性を客観的に評価する研究の事を言います。

現在行われている治療法や診断法も、今までに多くの患者さんに協力していただいた臨床試験により作り上げられたものと言えるでしょう。

臨床試験には「研究者(医師)主導型臨床試験」と、「治験」があります。

「研究者主導型臨床試験」は、研究者が主体となり、すでに国内で承認された薬剤や治療法、診断法の中から最良の治療法や診断法を選び出すことや、薬のより効果的な組み合わせを探ることを目的としています。

一方、「治験」は、未承認薬を用いるものです。主に製薬会社が主体となり、薬を厚生労働省に認めてもらうための臨床試験です。

臨床試験は、これまでの治療法よりも、より良い治療法を提供することを目的とするものですから、臨床試験に参加すれば、その治療法をいち早く受けられることがメリットとなります。

もちろん臨床試験は参加している多くの病院から絶えず情報を集めながら、患者さんの健康を第一に慎重に行われます。しかしながら新しい治療法ですから、予想しただけの効果が得られなかったり、思いもよらない副作用が生じたりすると言うデメリットもあります。

臨床試験に参加するには、病気の種類だけではなく、進行度合い、持病の有無や過去の治療経過、身体の状態など、さまざまな参加基準を満たすことが必要になります。臨床試験に参加している病院では、この基準に当てはまる患者さんに臨床試験のご案内をする場合もあります。

臨床試験に参加している病院のホームページでも、その病院が参加している臨床試験の情報を公開しています。ご興味のある方は参考にしてみてはいかがでしょうか。

肺がんの分子標的薬

肺がんは表面の細胞膜から、さまざまな受容体が突き出ており、その受容体が受けた刺激により、がん細胞が増殖すると言われています。

そのような受容体のうち、肺がんの20~30%でEGFR(上皮成長因子受容体)をつかさどる遺伝子に変異があると言われています。そのEGFRに作用するように開発された分子標的薬の一つにイレッサがあります。(他の受容体を標的とする分子標的薬もあります。)イレッサは世界に先駆けて日本で承認された薬剤ですが、そのイレッサや少し後に承認されたタルセバという薬剤は第一世代と呼ばれています。それぞれ2002年と2004年に承認されおり、EGFR変異のある肺がん治療に使用されています。

そして今は第二世代、第三世代の研究が行われています。

では、新世代の薬剤は第一世代と何が違うのでしょうか。

第一世代では標的とするEGFRが特定されていますが、第二世代ではすべてのEGFRを対象として抑えると言われています。そしてEGFRに結合したら離れにくいと言う性質を持っています。そのために、第一世代よりも無増悪生存期間が長いと推測されています。

第二世代では日本ではジオトリフという薬剤が2014年5月に発売されています。

EGFR(上皮成長因子受容体)に変異を持つ患者さんのうちの約半分が、エクソン19という遺伝子の部位に欠損を持っていますが、そのエクソン19の欠損を持っている患者さんにジオトリフが良く効くことが臨床試験では明らかになっています。特に日本人の患者さんには高い効果が見られました。

さらに第二世代では変異のあるなしに関わらず、すべてのEGFRに作用していましたが、第三世代では変異のあるEGFRにだけ作用するようになっており、より効果的であると考えられています。第三世代はまだ承認薬はありませんが、いくつかの臨床試験では、副作用が今までよりも軽いのではないかと言う結果が出ているようです。また、用量を上げても副作用が出にくいために今後が有望視されています。

更に、新世代の薬剤には、イレッサなどに耐性を持ってしまったがん細胞への効果も期待されています。

この分野での開発は世界的にも積極的に取り組まれています。一日も早い新薬の承認が期待されるところです。

進行・再発膵臓がんのペプチドワクチン投与(臨床試験)

有効な治療法がないと言われている、進行・再発膵臓がんの患者さんに対するペプチドワクチンを投与する治験が行なわれています。

行なうのは札幌医科大学付属病院と東京大学医科学研究所付属病院です。(2015年7月現在、神奈川県立がんセンターも治験実施医療機関に加わっています)

サバイビン2Bと言う、がん抗原タンパク質を小さく断片化した分子(ペプチド)の一種と、「STI-01」という、インターフェロンベータ製剤を併用します。

サバイビンはがん細胞において強く発現しており、サバイビン2Bを皮下注射することによって、このペプチドが患者さんの体内でリンパ球を刺激して増加、活性化させ、がん細胞を攻撃して死滅させると考えられています。札幌医科大学での第一相試験では、約53%の症例で腫瘍の増大を抑制する効果が確認されました。

今回はその第二相の臨床試験となります。期間は「2013年10月~2016年12月」を予定しており、予定の症例数は71例です。

試験の対象者となる方は、次の項目を全て満たす方です。

  • 進行・再発膵臓がんであること
  • 腫瘍細胞にサバイビンが発現していること
  • 根治手術が不可能で標準的抗がん剤治療を受けていること
  • 過去にがんワクチンの治療を受けていないこと
  • HLA遺伝子がHLA-A*2402であること
  • 同意取得時の年齢が20~85才であること

ただし、注意しなくてはいけないのは、これはあくまで第二相の臨床試験だということです。この試験に参加される患者さんはSTEP1では、

  1. ペプチドとインターフェロン併用群
  2. ペプチド単独群
  3. プラセボ群(偽薬)

にランダムに振り分けられ、医師も患者も、自分がどの群に振り分けられたか知ることが出来ないのです。自分は治療を受けているつもりでも、実はそうでなかった場合も有り得るということなのです。それでも効果を期待できる可能性もあります。ご興味のある方は問い合わせをされてみてはいかがでしょうか。

【プレス発表】http://www.ims.u-tokyo.ac.jp/imsut/jp/files/131202.pdf#search=’SVN2B’

免疫とは何か?

人間を含む生物には、細菌やウィルスのような病原体や寄生虫のような異物、あるいはがん細胞のような異常な細胞を排除して、自らを防御するための仕組みが備わっています。この仕組みこそが免疫です。

免疫は自然免疫と獲得免疫に大別されます。

自然免疫は生まれつき備わっており、獲得免疫に先行して作用する仕組みとなっており、ナチュラルキラー(NK)細胞、マクロファージ、樹状細胞などが中心的役割を果たしています。

一方、獲得免疫は後天性の免疫とも言われ、T細胞やB細胞が中心的な役割を果たします。獲得免疫のシステムは異物(抗原)に遭遇するたびに、それぞれの抗原ごとに最良の攻撃方法を学習し、抗原を記憶します。獲得免疫は特異免疫とも呼ばれますが、それは過去に遭遇した抗原に対し、それぞれに応じた(特異的な)攻撃をするからです。

その優れたところは、学習し、適応し、記憶する能力にあります。体が新しい抗原に接しても、獲得免疫ができるまでには時間がかかります。しかし、こうしてできた特異免疫は記憶されるので、同じ抗原に対するその後の反応は、自然免疫に比べて素早く行われ、効果も高まります。この特異免疫反応があるために水ぼうそう(水痘)やはしか(麻疹)は、一度かかると二度とかかりません。また病気によっては予防接種で発病を予防できます。

近年、自然免疫が獲得免疫の誘導に重要な役割を果たすことも明らかになってきました。

進行非小細胞肺がんに対する免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」の効果

以前に取り上げたことがありますが、オプジーボ(ニボルマブ)という、悪性黒色腫で承認されている薬剤があります。下記にも記載しましたが第Ⅰ相の臨床試験では非小細胞肺がんにも効果がありました。

この薬剤に関して、2015年の米国臨床腫瘍学会で、2件の第Ⅲ相の非小細胞肺がんに関する臨床試験結果が報告されました。

進行再発の非小細胞肺がんの2次化学療法として、従来から使用されているタキソールとの比較をした海外での臨床試験結果です。

それによれば非扁平上皮がんを対象とした試験でも、扁平上皮がんを対象とした試験でも、オプジーボが全生存期間を優位に延長されることが明らかになりました。両試験ともⅢB期とⅣ期で、既に化学療法を受けたけれども進行してしまった方々を対象にしています。特に扁平上皮がんでオプジーボの優位性が示され、全生存期間だけではなく、奏効率や無増悪生存期間中央値など、すべての評価項目でオプジーボが上回ってました。

また、この臨床結果の生存曲線からは、治癒の可能性さえも感じさせる結果となっているそうです。

日本では比較試験ではない、第Ⅱ相の試験が行われましたが、オプジーボでの治療結果として海外のデータとほぼ同様の結果が得られているそうです。

ただし、オプジーボは非常に高価な薬です。例えば体重60キロの方が悪性黒色腫で使用するとなると、1回の薬価が90万円弱、年間で約1,500万円にもなります。もちろん健康保険適用であれば自己負担はぐっと少なくなりますが、現状で認可されているのは悪性黒色腫に関してのみです。

悪性黒色腫以外のがんに関しても早期の承認が待たれるところです。(2015年12月に切除不能な進行・再発非小細胞肺がんに対する承認がされました。)

切除不能肝転移大腸がんへのラジオ波焼灼療法の有効性

2015年米国臨床腫瘍学会学術集会(ASCO2015)において、切除不能肝転移大腸がんの治療で、ラジオ波焼灼療法の併用が生存率を改善すると報告がありました。

これは切除不能の肝転移性大腸がんに関して、「化学療法単独の治療」と「化学療法とラジオ波焼灼療法の併用治療」を比較した第Ⅱ相試験での結果で示されました。

化学療法は6か月のFOLFOX療法※の後にアバスチン(ベバシズマブ)の追加投与が行われると言う形で実施されています。

追跡期間中央値9.7年間後の結果報告では、無増悪生存期間(PFS)の中央値が化学療法単独群が9.92か月に対して併用群は16.82か月、また全生存期間中央値は単独群が40.54か月に対して併用群が45.6か月と、両郡間に有意差が認められたと報告されています。

※FOLFOX療法:フォリン酸(FOLinic acid)・フルオロウラシル(Fluorouracil)・オキサリプラチン(OXaliplatin)の3剤併用による化学療法を意味します。

大腸ステント治療

がんによって大腸が閉塞することがあります。そのような状態になると便や消化液やガスが腸管内に溜まってパンパンの状態になり、患者さんは激しい苦痛に襲われ、適切な処置を行わなければ命に関わってしまいます。

そのような場合、かつては緊急手術で人工肛門を増設するのが一般的でしたが、現在では大腸ステントによる治療も可能になっています。

ステントとは金網を筒状にした医療器具で、大腸用に作られたものが大腸ステントです。

たたむと小さくなるので、このステントを内視鏡を使って大腸の閉塞している部分に挿入し、そこで解放させ留置するものです。最大で2cm程の径になりますが、実際には周囲にがんがあるので最大の大きさまでは大きくなりませんが、便が通過できる程度には広がります。便が通過できるようになれば緊急手術を回避できますので、人工肛門を回避できるのです。

大腸ステントは大きく二つの治療に分けられます。

一つ目は、切除手術が可能な患者さんに対する手術前の閉塞解除治療。

二つ目は、切除手術ができない患者さんに対する緩和的な治療です。

ステントを入れることが出来るのは結腸と上部直腸となります。ステントを入れるのにかかる時間は通常15分程度で、ステントを入れた後は普通の生活が可能になります。(食事には若干の注意が必要です)

日本では大腸がんにかかる方が急速に増えてきていますが、ほぼ1割の方が閉塞を起こしていると言われています。人工肛門は患者さんのQOLを低下させますが、大腸ステントで閉塞を解除できれば人工肛門を回避できます。2012年からは保険適用になっておりますので、選択肢として取り入れることができるのではないでしょうか。

最先端型ミニマム創前立腺全摘手術(ロボサージャン手術)

前立腺がんの治療には多くの選択肢がありますが、その中の一つに前立腺全摘術があります。

前立腺全摘術はもともと開腹で行われていましたが、その後、腹腔鏡手術も行われるようになりました。腹腔鏡は切開部位が小さく、患者さんの身体的負担が軽いのがメリットですが、逆に術者からは立体的な視野と自由に動く指を奪いました。

腹腔鏡手術で失ったこの二つの要素を回復させたたのが、ダヴィンチ手術です。手術支援ロボット「ダヴィンチ」を使った手術では患者さんから離れた位置で機械を操作しますが、このとき覗き込む画像は拡大3D画像です。

さらに人間の指以上に器用に動く多関節鉗子が使われています。つまり「ダヴィンチ」は立体的な視野と自由に動く指を術者に取り戻したのです。2012年4月からダヴィンチによる前立腺全摘術が健康保険適用になってからは急速に普及しています。

一方でダヴィンチによる手術は高価な使い捨ての器具が多く、機械自体も維持費も高いので、コストが高くなってしまいます。

そのようなダヴィンチと異なるアプローチで患者さんに優しい手術を目指したのが「ミニマム創内視鏡下手術」です。

この手術では、切開する部位はダヴィンチの4~6個に対して、1円玉2個程度の大きさの切開を一か所だけで済みます。ですので、手術を受けた患者さんの回復が早いと言われています。また、二酸化炭素ガスで腹腔を膨らませないのもミニマム創内視鏡下手術の利点だと言えます。これにより、呼吸器系や循環器系へのリスクを低減できます。さらにミニマム創内視鏡下手術ではそのほかの全摘術と異なり、後腹膜腔から直接入っていくので腹腔を開けません。ですので、この手術では腸の癒着を起こす危険性がほとんどなくなります。

さらにこの手術は進化を続け、術者がヘッドマウントディスプレーなどを使用する、「最先端型ミニマム創内視鏡下手術」となっています。これにより内視鏡の拡大3D画像だけでなく、経直腸超音波画像やMRI画像を並べて映し出すこともできるので、血管の位置などを正確に把握しながら手術が行えるのだと言います。

また、多数のヘッドマウントディスプレーに同じ画像を映し出せるので、多数の術者が同じ情報を共有しながら手術を進めることができます。

また、手術器具の進歩も著しく、例えば、血管を切断した時に糸で結ばなくても止血できるような機器が開発されています。このような技術の開発により、小さな切開部位からより安全に手術が行えるようになりました、ですから、この手術に使う器具はダヴィンチほどの動きをすることは出来ませんが、必要な操作はほぼ十分に行えるようになっているのです。

がんのクロノテラピー(時間治療)

がんのクロノテラピーとは、1980年代にフランスで始まった抗がん剤の投与方法です。

いわゆる抗がん剤は、一般的には細胞分裂が活発な細胞に対して働きかけます。さらに言えば抗がん剤は、毒であり、毒だからこそ、がん細胞を攻撃することが出来るのです。しかしだからこそ、がん細胞だけでなく細胞分裂が盛んな正常細胞をも傷つけてしまうので、副作用などが発生するのです。

そこで、がん細胞が活発になる時間帯と正常細胞が活発になる時間帯のずれを上手に利用して抗がん剤を投与出来ないかと考えられたのが、「クロノテラピー(時間治療)」です。

一般的には正常細胞は朝から昼に掛けて活発化し、夜に向けて活動が低下し、真夜中にもっとも沈静化します。一方がん細胞の分裂リズムは一定はしていないですが、真夜中、寝ているときに盛んになり、昼間は低下する事が多いといわれています。

そのような状況にも関わらず、一般的な抗がん剤の投与は午前中から始めるケースが多いようです。経口剤にしても朝と夕方飲むケースが多いようです。しかしこの時間帯は、細胞の活性リズムに照らし合わせて考えると、正常細胞に働きかける時間帯です。クロノテラピーでは夜の10時位から投与を始めます。

つまり正常細胞が沈静化しがん細胞が活発化する時間帯を狙うわけです。使う薬剤は新しい薬ではなく既存の抗がん薬を使います。正常細胞が寝ているときに行うので副作用が出にくいので、通常より多くの薬剤を投与できることになります。

それにより抗腫瘍効果もあがると言うことになります。日本では横浜市立大学が早くから実施していて、肝臓がんや大腸がんの肝転移などに治療しているようです。

しかしながら、日本ではあまり取り入れる病院は増えていないようです。 夜間に実施する人員や、診療報酬、そしてクロノテラピーを行う際に有効なクロノポンプも未承認な事も日本で進展しない一因だと言われています。

ちなみにクロノテラピーはがんだけでなく、喘息や高血圧治療でもやっていたりしますし、2012年の4月に放映されたNHKのクローズアップ現代ではリュウマチの治療も取り上げていましたので、リュウマチでお悩みの方がいらしたらご一考されるのも良いかもしれませんね。